中弁連の意見

 中国地方弁護士会連合会は、国に対し、逮捕された全ての刑事事件の被疑者に対して、逮捕直後から国費により弁護人が付される制度の早期創設に向け、速やかに検討を行うよう求める。

 以上のとおり決議する。

2014年(平成26年)10月10日

中国地方弁護士大会

提 案 理 由

第1 はじめに

1 刑事事件の被疑者及び被告人の権利を保護するためには、弁護人の適切な援助を受ける権利が実質的に保障されている必要がある。資力がないために弁護人を依頼することができないということはあってはならないことであり、国選弁護人制度は、被疑者及び被告人が、弁護人の適切な援助を受ける権利を実質的に保障する上で不可欠の制度である。

 このように、国選弁護人制度が不可欠の制度であるにもかかわらず、長年、資力が十分でないなどの理由で自ら弁護人を依頼することができない者について、国選弁護人を付すことができるのは、起訴後の被告人に限定されてきた。

 日本弁護士連合会が、1989年(平成元年)9月16日に島根県松江市で開催された第32回人権擁護大会における「刑事訴訟法40周年宣言」を揚げたことを契機として、当番弁護士制度及び刑事被疑者弁護援助制度が実施され、これらの活動の結果、2006年(平成18年)10月に、ようやく被疑者国選弁護制度が実施されるに至った。

 しかし、被疑者国選弁護制度実施後も、2009年(平成21年)5月に対象事件が死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件に拡大されるまでは、その対象は、死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件に限定されていた。

 日本弁護士連合会においては、2006年(平成18年)10月に実施された被疑者国選弁護制度の実施を被疑者国選第一段階、2009年(平成21年)5月の対象事件の拡大を被疑者国選第二段階と位置付け、さらに、被疑者国選弁護制度の対象を勾留後の全事件に拡大することを被疑者国選第三段階として、その対応態勢の確立及び実施に向けて活動がなされているところである。


2 しかし、現行の被疑者国選第二段階はもとより、被疑者国選第三段階においても、被疑者国選弁護人の選任時期については、被疑者の勾留後とされているため、被疑者国選対象事件の拡大に加えて、逮捕段階における公的弁護制度の創設(被疑者国選第四段階)が必要である。

 身体拘束された被疑者は、一般社会から隔絶され、多大な不安や不利益を受けることになるため、身体拘束された初期の段階から、権利の告知や捜査機関との交渉などの弁護人の適切な援助を受ける利益は極めて大きいものである。

 とりわけ、わが国の逮捕段階の身体拘束時間は最大72時間であり、標準的な先進諸国における身体拘束時間(24時間以内)と比較すると長時間であるため、身体拘束の初期段階である逮捕段階から弁護人の援助を受ける必要性が高い。

 捜査機関に身体拘束された被疑者が、取調べの際に、一人で自身の権利を守ることは困難である。実際に、捜査機関が、身体拘束を利用して、取調べを行い、虚偽の自白を獲得することにより、その虚偽の自白を証拠として、死刑事件を含む多くのえん罪事件が生み出されてきた。

 このようなえん罪事件を生み出さないためにも、身体拘束の初期段階である逮捕段階から国費により弁護人が付される制度を創設することが必要不可欠である。

 

第2 被疑者弁護制度の意義

1 憲法及び国際人権法等からの要請

(1) 憲法第34条は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」旨を規定し、また、同法第37条第3項は、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。」旨を規定している。このように、抑留・拘禁された被疑者の弁護人依頼権、被告人の国選弁護人を含む弁護人依頼権は、明文により、憲法上の権利として保障されている。
 また、身体拘束は必然的に外界と遮断された状態を伴うものであることから、身体拘束の代償措置としても、身体拘束を受けた被疑者の弁護人依頼権は重要であり、このような重要な権利を実質的に保障するためには、被疑者の資力の有無にかかわらず、弁護人に依頼することができなければならない。
 そのため、身体拘束を受けた被疑者に対し、国費により弁護人を付すことは、憲法上の要請と考えられ、この点は、逮捕段階の身体拘束においても何ら異なるところはない。
(2)さらに、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)」第14条第3項(d)においては、「十分な支払手段を有しないときは自らその費用を負担することなく、弁護人を付されること。」が保障されており、「あらゆる形の拘禁・受刑のための収容状態にある人を保護するための諸原則(国連被拘禁者人権原則)」17においては、「拘禁された者は、弁護人の援助をうける権利を有する。」、「拘禁された者が、自己の選任する弁護人をもたない場合には、司法的正義のために必要なすべての事件において、資力のない場合は無料で、裁判官等によって、弁護人を選任してもらう権利を有する。」とされている。
 このように、身体拘束を受けた被疑者に対し、国費により弁護人を付すことは、国際人権法等からの要請でもある。


2 被疑者弁護の重要性

(1) 被疑者段階において行われる弁護活動は多岐にわたり、被疑者への権利の告知はもとより、捜査の在り方についての捜査機関との交渉、証拠保全、被害者との示談交渉、身体拘束からの解放に向けた活動など、弁護人が付されることによってのみ実現できる活動が多くあり、被疑者段階の弁護人の活動は、極めて重要である。
 とりわけ、違法・不当な身体拘束から早期に解放されるためには、身体拘束の初期段階から弁護人が付されることが必要である。逮捕段階で弁護人が選任されていれば、弁護人が、勾留請求手続に対しても、捜査機関や裁判所に対しての働きかけをすることができ、被疑者を早期に身体拘束から解放することが可能となる。

(2)被疑者段階で弁護人が付されることによって、被疑者に対する捜査機関の違法・不当な抑圧や自白強要を防止することは、公正な裁判を保障する上でも、極めて重要である。
 身体拘束を受けた被疑者は、多くの場合、法律的な知識がなく、捜査機関に対して、自ら適切な防御活動を行えない場合が多いだけでなく、社会から遮断され取調べを受けるという特殊な状況のもとで、異常な精神状態に陥ることも少なくない。
 被疑者段階の弁護人は、このような身体拘束を受けた被疑者に対して、適切な助言を行うことによって、被疑者の心理的安定を取り戻し、冷静に対応させることが期待できる。弁護人が被疑者に代わって迅速な防御活動を行うことにより、違法・不当な抑圧を排除し、自白強要を防止することが可能となり、公正な裁判の実現に資することになる。
 死刑事件を含む多くのえん罪事件においても、被疑者の身体拘束を利用して、捜査機関が、不当な取調べを行い、被疑者から虚偽の自白を獲得して、それが裁判において重要な証拠となっている。被疑者段階の弁護人が活動し、被疑者に代わって迅速に防御活動を行うことは、かかるえん罪を未然に防止し、公正な裁判を保障するためにも、極めて重要である。
 とりわけ、わが国の逮捕段階の身体拘束時間は最大72時間と長時間であるため、弁護人が被疑者に代わって迅速に防御活動を行うためには、身体拘束の初期段階である逮捕段階から弁護人が付されることが重要である。

 

第3 現状と課題

1 被疑者国選弁護制度創設の経緯

 日本弁護士連合会は、1989年(平成元年)9月16日に島根県松江市で開催された第32回人権擁護大会における「刑事訴訟法40周年宣言」において、「現在の刑事手続を抜本的に見直し、制度の改正と運用の改善をはかるとともに、各弁護人に情報・資料を提供し、刑事弁護の一層の充実強化をはかるための機構を設置するなど、あるべき刑事手続の実現に向けて全力をあげてとりくむ」ことを宣言し、これを契機として、被疑者段階における弁護人依頼権の実質的な保障を目的として、被疑者国選弁護制度の実現に向け、当番弁護士制度及び刑事被疑者弁護援助制度等が実施された。
 そして、これらの取り組みが結実し、2006年(平成18年)10月には、被疑者国選弁護制度が実現されるに至った(被疑者国選第一段階)。
しかし、当初の被疑者国選弁護制度は、弁護士過疎・偏在等の弁護士の対応態勢を主な理由として、身体を拘束された全ての被疑者を対象とする国選弁護制度の実施とはならず、段階的かつ限定的な実施となった。
 その後、2009年(平成21年)5月には、対象事件が死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件に拡大された(被疑者国選第二段階)ものの、いまだ勾留された全被疑者を対象とする国選弁護制度(被疑者国選第三段階)は実現されていない。

2 被疑者国選弁護制度実施の現状

 事件総数のうち、被疑者段階から弁護人の付されていた被告人の割合は、2007年(平成19年)実績(地方裁判所)によれば19.8%であるが、被疑者国選弁護制度実施後の2012年(平成24年)には68.0%であり、起訴された時点で既に弁護人が選任されている事件は増加傾向にある。
 また、不起訴の割合についても、2005年(平成17年)に25.5%であったものが、2012年(平成24年)には31.8%と増加し、準抗告件数も2005年(平成17)には2876件であったものが、2012年(平成24年)には9016件に増加している(弁護士白書2013年版 125頁及び129頁)。略式命令請求率(起訴件数に占める勾留中略式命令請求件数の割合)も、2005年(平成17年)に15.9%であったものが、2011年(平成23年)には18.5%に増加している(検察統計年報を基に日本弁護士連合会が作成した資料による)。
 このように、被疑者段階から弁護人が付されている事件が増加し、不起訴処分や略式命令請求となった事件も増加しており、これは被疑者段階から積極的な弁護活動が行われるようになった影響によるものと考えられ、被疑者国選弁護制度は成果をあげている。


3 勾留された全被疑者への国選弁護制度の拡大(被疑者国選第三段階)

 現在、被疑者国選弁護制度の対象事件を勾留された全被疑者に拡大するため(被疑者国選第三段階)、日本弁護士連合会及び各弁護士会は、対応態勢を整えているところである。
 被疑者国選弁護事件の対象を勾留された全事件に拡大した場合、事件数は約10万件と予測され、2010年(平成22年)度の被疑者国選対象事件数7万0917件から約3万件程度増加することが見込まれるが、国選弁護人契約弁護士数は、2010年(平成22年)1月4日現在の1万6160人から2013年(平成25年)2月1日現在の3万3603人に増加しており、「各弁護士会とも、会員数の増加、高速道路の開通にみられる交通事情の改善あるいは各弁護士会内の連携支援の強化などによって、ほぼ対応態勢に問題がない」と、2012年(平成24年)5月25日の日本弁護士連合会決議(少年鑑別所に収容された全少年への国選付添人制度の拡大、勾留された全被疑者への国選弁護制度の拡大及び被害発生直後から犯罪被害者等を弁護士が支援する国の制度の創設を求める決議)理由中で指摘されている。
 このような現状からすれば、勾留された全被疑者への国選弁護制度の拡大(被疑者国選第三段階)については、もはや障害となる事情はない。
 2014年(平成26年)7月9日、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」は、被疑者国選弁護制度の対象を「被疑者に対して勾留状が発せられている場合」に拡大する旨の内容を盛り込んだ「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果【案】」を部会としての意見とし、これを法制審議会(総会)に報告することを、全会一致で決定した。また、同日、日本弁護士連合会は、「答申案が法制審議会において審議され、法務大臣に答申された後、改正法案が速やかに国会に上程され、成立することを強く希望する」との会長声明を発表した。このように、被疑者国選第三段階の実現に向け、具体的な活動が行われているところである。


4 逮捕段階における公的弁護制度の創設(被疑者国選第四段階)

 現行の被疑者国選第二段階はもとより、実現に向けての活動がなされている被疑者国選第三段階においても、弁護人が選任される時期は被疑者の勾留後であり、逮捕段階における弁護人の選任は対象とされていない。
 逮捕段階の身体拘束時間の長いわが国においては、逮捕段階の弁護活動が極めて重要である。被疑者の権利を実質的に保障するために、逮捕直後から国費により弁護人が付される制度を早期に創設することが必要不可欠であることは、前記のとおりである。
 逮捕段階における公的弁護制度の実施に際しては、短時間のうちに接見に行かなければならない時間的緊急性があることや、接見に赴く警察署の範囲が拡大すると見込まれることなどから、弁護士の対応態勢の問題、制度設計の問題、財政の問題といった、被疑者国選第三段階と異なる課題が存在する。しかし、日本弁護士連合会の調査によると、2012年(平成24年)1月から12月にかけて、当番弁護士が受付から24時間以内に初回接見に赴いた割合は85.3%であることが明らかとなっている。加えて、既述のとおり国選弁護人契約弁護士数の増加や交通事情の改善などにより、弁護士の対応態勢の問題の解消が進んでいる。さらに、国において、電話接見などの新たな接見方法の拡充等が検討されるならば、接見の移動時間が不要となるので、より短時間で、より広範囲の警察署への接見対応が可能となる。逮捕段階における公的弁護制度の創設の必要性及び重要性については、疑いがないため、国は、財政の問題を理由に躊躇することなく、制度設計を進め、早期に実現すべきである。

 

第4 結論

 以上のとおり、逮捕段階における公的弁護制度の創設は、身体拘束を受けた被疑者の権利を実質的に保障するために必要不可欠の制度であり、実現するために障害となる課題を早急に検討・克服し、早期に実現されなければならない。
 よって、当連合会は、国に対し、逮捕された全ての刑事事件の被疑者に対して、逮捕直後から国費により弁護人が付される制度の早期創設に向け、速やかに検討を行うよう求める。

以上