中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、法務省及び日本司法支援センターに対し、司法アクセスの拡充を目的とする総合法律支援法の理念に基づき、民事法律扶助に係る利用者の負担を軽減するため、以下の制度を検討し、施策を採ることを求める。
               

  1. DV・ストーカー事件の被害者が代理援助を含む民事法律扶助を受けるに当たり、償還義務を免除ないし軽減するための制度設計をすること
  2. 詐欺的商法といえる消費者事件について、消費者が、代理援助を含む民事法律扶助を受けるに当たり、償還義務を免除ないし軽減するための制度設計をすること

 

以上のとおり決議する。

 

2016年(平成28年)10月14日
中国地方弁護士大会

提 案 理 由

1 総合法律支援法は、法による紛争解決制度の利用をより容易にし、また、弁護士等のサービスをより身近にするための総合法律支援体制の整備等を目的とする。

 この点、資力に余裕のない場合、民事司法利用のための費用負担は大きな障害となる。この費用面の障害を乗り越えるべく民事法律扶助制度が設けられていたところ、総合法律支援法では、国が総合法律支援に必要な財政上の措置等を講じなければならないとした上で、民事法律扶助事業を独立行政法人である日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)の業務とした。

 この総合法律支援法が成立したことにより、民事法律扶助事業の事件数・金額のいずれも飛躍的に増大することとなった。

 2014年(平成26年)度では、法律相談援助件数28万2369件、代理援助開始決定件数10万3214件及び書類作成援助件数3982件が利用されるに至り、司法アクセスの改善に大きな効果を上げていると評価できる。

 他方で、現行の民事法律扶助事業では、代理援助及び書類作成援助につき、原則として立替金の全額償還制が採用されており、資力に余裕のない国民にとって無視できない負担となっている。法テラスが実施した「法律扶助のニーズ及び法テラス利用状況に関する調査報告書」においても、償還義務を課することが裁判費用立替制度の利用を抑制する理由となっている可能性がある旨が指摘されており、大石哲夫法テラス監査室長は利用者の負担の在り方を検討する論考を発表している。

 そもそも立替金の全額償還制は民事法律扶助事業を運営するに当たって必要不可欠の制度であると必ずしも断定することはできない。むしろ、弁護士等のサービスを身近に受けられるようにし、もって、より自由かつ公正な社会を形成するため、制度設計の基本となる民事法律扶助事業の利用者負担のあり方につき、検討し改善することは必要かつ有意義である。

 

2 1952年(昭和27年)、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)により財団法人法律扶助協会(以下「法律扶助協会」という。)が設立され、扶助業務が開始されたところ、当初、法律扶助協会は、依頼者のために取り立てた金額から費用の償還を求める運営をしており、立替金の全額償還制を採用していなかった。
 しかし、その資金難は解決できず、補助金を国に要請することとなった。そして、1958年(昭和33年)、扶助資金を対象とする国庫補助金が交付されることとなり、この際に、訴訟の結果にかかわらず経費の全額償還を求めるという立替金の全額償還制が定められることとなった。

 そして、民事法律扶助事業を公的なものにしようという動きが進む中、法務省により、民事法律扶助事業の立法化に向けた法律扶助制度研究会が設置された。

 法律扶助制度研究会において、日弁連等の参加者からは給付制を基本とし、これに利用者の資力に応じ一定の負担金を支払う負担金制及び経済的利益を得た場合に一定の限度で償還を課す制度の結合によるべきである旨の意見も主張されていた。

 しかし、法務省等の参加者の反対意見も強く、結果、2000年(平成12年)4月21日付けで成立した民事法律扶助法の下でも立替金の全額償還制が維持された。

 その後、司法制度改革の一環として上記に述べる総合法律支援法が2004年(平成16年)5月26日に成立し、法律扶助協会から法テラスに民事法律扶助事業が引き継がれた。

 その中で、民事法律扶助予算の大幅な拡充が図られたこと、また、生活保護受給者等につき償還を猶予・免除する運用も開始されていることは評価できる。しかし、基本的には立替金の全額償還制の原則が見直されることなく、現在に至っているものである。

 

3 上記の法律扶助制度研究会において、法務省等からは弁護士費用の敗訴者負担制度を理由として立替金の給付制が困難である旨の意見が示された。

 すなわち、当事者各自が弁護士費用を負担すべきとする民事訴訟制度の場合、立替金の給付制が採用されたとき、扶助対象者である勝訴者の弁護士費用につき、敗訴者ではなく納税者が負担するという結論になり、これを正当化することは困難であるとされる。

 しかし、民事法律扶助の対象には民事調停や示談交渉等も含まれるものであり、弁護士費用の敗訴者負担制度が採用されていないことをもって、一律に立替金の全額償還制を原則とすることは合理性に欠ける。

 他方で、特定の事件類型では、利用者が弁護士費用の負担に躊躇することなく、弁護士による迅速な介入が要請される場合がある。

 例えば、ストーカー事案では、1999年(平成11年)の桶川ストーカー殺人事件が契機となってストーカー規制法が成立した。にもかかわらず、この教訓が十分活かされることなく事件が発生し続け、2016年(平成28年)にも女子大生刺傷事件が発生した。このように、ストーカー事案は、死傷の結果につながる危険を有する事件類型であるところ、その認知件数は、2015年(平成27年)においても2万1968件と高水準で推移している。早期の段階で、弁護士が警察へ警備体制の依頼、警告書の送付、架電・面会禁止仮処分等の手続きを代理人として行うことにより死傷という重大結果を回避できる事案が相当数に上るはずである。そこで、被害者が法的救済を求めることに躊躇することがない制度を認めることが必要である。

 また、ストーカー事案と同様に死傷という重大な結果が発生しうるDV事案についても、2015年(平成27年)の認知件数が6万3141件と過去最多であり、同年度の配偶者暴力相談支援センターにおける配偶者からの暴力が関係する相談件数の総数も10万2963件に上る。このようなDV事案では被害者の圧倒的多数が女性である。経済的不安を有している女性配偶者は多く、やはり身体に重大な危害が生じ得る被害者が法的救済を求めることに躊躇することがない制度が必要といえる。
 さらに、消費者問題について、全国の消費生活センター等に寄せられた2014年(平成26年)の消費生活相談件数94.4万件に上る。これらの消費生活相談の中には、消費生活センター等が事業者の騙す意図を強く感じる詐欺的商法による被害も数多く存在する。消費者側が泣寝入りすることを防止するため、また、弁護士費用の負担により被害者が法的救済を求めることに躊躇することがないよう、償還を要しない制度を認めることが社会的に要請される場合も考えられる。

 高齢者の消費者被害や未成年者のストーカー被害も少なくなく、これらの弱者救済のためにも、弁護士による援助に支障が無い制度設計が要請されるといえる。特に、未成年者について、償還を要する制度設計では未成年者の民法上の行為能力が限定的であることが障壁となり、未成年者単独では代理援助を受けることが困難な場合もあることに留意する必要がある。

 もちろん、依頼者は、自ら弁護士に対価を支払って依頼することが大原則である。しかし、上記のとおり、特定の事件類型について、償還を要しない制度が求められることも否定できず、また、納税者の納得が得られる場合もあり得るといえる。

 

4 この点、2014年(平成26年)に発足した「充実した総合法律支援を実施するための方策についての有識者検討会」(以下「有識者検討会」という。)は、その報告書において、DV・ストーカー事件のように深刻な被害に進展するおそれの強い犯罪被害者に対する弁護士の援助の在り方に関し、本来的に国の責務において実施されるべき業務である上、未成年者に対する援助を実施するためにも、特に援助が必要な犯罪被害者については、償還を要しない制度設計を検討すべきであるとした。

 そして、この有識者検討会報告書を受け、2016年(平成28年)5月27日付けで総合法律支援法の一部を改正する法律が成立したところ、同法律では、DV・ストーカー等の事案に関し、やはり代理援助につき償還を要しない制度は設けられず、そのほかの点でも有識者検討会報告書から後退するに至っている。しかし、個人の責任でDV・ストーカー等の深刻な犯罪被害の対処をすることは不合理であり、何より躊躇なく弁護士の支援を受けるためには、代理援助につき償還を要しない制度が不可欠である。

 

5 採算を度外視した個々の弁護士の公益活動により、多数の権利が守られ、さらには社会の在り方自体を変える動きが生まれてきた。

 しかし、社会正義の実現の観点からなされるこれら個々の弁護士の公益活動とは別に、市民の立場から、制度的に、適切な形での司法アクセスの充実化が図られるべきである。

 そのためには、①DV・ストーカー事件のように深刻な被害に進展するおそれの強い犯罪被害者を依頼者とする事件、②詐欺的商法といえる消費者事件といった一定の事件類型に限定しても、資力要件にかかわらず代理援助を含む民事法律扶助を利用でき、また、償還については、a)全額について償還を要しない給付制、b)資力に応じ一定の負担にとどめる負担金制、c)一定割合の償還を条件に残額を免除する条件付償還制等の制度を検討・実施する必要がある。また、費用負担等をしない事件類型及び審査基準については、社会的ニーズに対応し得るよう、見直し規定を設けることが必要であると考える。

 よって、当連合会は、法務省及び法テラスに対し、司法アクセスの拡充を目的とする総合法律支援法の理念に基づき、民事法律扶助に係る利用者の負担を軽減するため、以下の制度を検討し、施策を採ることを求める。

 

  1. DV・ストーカー事件の被害者が代理援助を含む民事法律扶助を受けるに当たり、償還義務を免除ないし軽減するための制度設計をすること
  2. 2 詐欺的商法といえる消費者事件について、消費者が、代理援助を含む民事法律扶助を受けるに当たり、償還義務を免除ないし軽減するための制度設計をすること

 

 以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上