中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、刑事手続における通訳人について、以下の事項を求める。
 

  1.  通訳人の数を確保するため、国に対し、十分な数の通訳人を確保する措置を執ること
     
  2.  起訴前の刑事手続において、弁護人が迅速に通訳人を確保できるようにするため、前項の措置が執られるまでの間、国に対し、裁判所、検察庁、警察及び弁護士会との間で通訳人候補者を登載した通訳人名簿を共有化し、通訳人を相互に融通し合うこと
     
  3.  通訳人の質を確保するため、国及び日本司法支援センターに対し、通訳人が適正かつ明確な基準に基づき報酬を得られるシステムを構築すること
     
  4.  通訳人の質を確保するため、国に対し、通訳人候補者を通訳人名簿に登載する前に検定試験など通訳人としての能力を客観的に評価するシステムを導入し、また、通訳人名簿に登載された後も定期的に研修などを受講させるシステムを導入すること
     
  5.  通訳人の数及び質を確保するため、国に対し、新たに第三者機関として通訳センター(仮称)を設置し、通訳人の確保、紹介、検定、研修、報酬の支払いその他通訳に関する業務の一元化を図り、さらに、同センターに対し、通訳人の報酬その他の条件を交渉するような通訳人利益代表者としての機能も付与することを検討すること


以上のとおり決議する。

2019年(令和元年)11月1日

中国地方弁護士大会

提案理由

第1 通訳の数及び質を確保する必要性

1 在留外国人数の増加

日本政府観光局によると、2018年(平成30年)の年間訪日外国人数は、前年比8.7%増の3119万2000人に達し、また、法務省入国管理局によると、2018年(平成30年)末における在留外国人数は、273万1093人で、前年末に比べ16万9245人(6.6%)の増加となり、過去最高となった。
2019年(平成31年)4月に施行された出入国管理及び難民認定法改正により、在留外国人数は今後も増加の一途をたどることが予想される。

 

2 来日外国人による刑事事件の増加と国籍の多様化

来日外国人による刑法犯の検挙件数及び検挙人員は、2013年(平成25年)以降、増加する傾向にあり、2017年(平成29年)は、検挙件数が1万1012件(前年比21.8%増)、検挙人員が6113人(前年比0.3%増)であった。
来日外国人による特別法犯の検挙件数及び検挙人員は,2016年(平成28年)以降、増加する傾向にあり、2017年(平成29年)は、検挙件数が5994件(前年比17.8%増)、検挙人員が4715人(前年比17.5%増)であった。
2017年(平成29年)における来日外国人被疑事件(過失運転致死傷等及び道路交通法違反を除く。)の検察庁新規受理人員の国籍等別構成比は、中国30.5%、ベトナム22.2%、韓国・朝鮮7.9%、フィリピン6.8%、その他のアジア16.1%、ヨーロッパ3.3%、北アメリカ2.5%、その他の南アメリカ2.7%、アフリカ1.4%、オセアニア0.7%、無国籍0.0%となっている。
このように、在留外国人の増加にともない、今後、来日外国人を被疑者・被告人とする刑事事件の件数も増加するであろうこと、国籍が多様化するであろうことが予測される。

 

3 山口県の実情

山口地方検察庁は、2016年度(平成28年度)第79回第一審強化方策山口地方協議会において、要通訳事件数(延べ通訳件数、管内支部を含む)につき、下記のとおり回答している(起訴の前後、身柄拘束の有無、裁判所利用の有無は不明)。

2013年度(平成25年):
北京語50件、韓国語32件、英語8件、タガログ語8件、ロシア語4件、フランス語3件、ベトナム語2件、ビサヤ語1件(合計108件)。

2014年度(平成26年):
北京語35件、英語14件、タガログ語13件、インドネシア語4件、ルーマニア語2件、韓国語1件、ベトナム語1件、ビサヤ語1件(合計71件)。

2015年度(平成27年):
ベトナム語37件、北京語20件、英語14件、タガログ語11件、韓国語8件、ウルドゥ語4件、ポルトガル語1件(合計95件)。

2016年(平成28年)7月末現在:
英語5件、タガログ語5件、ベトナム語4件、韓国語4件、インドネシア語4件、北京語3件、ハンガリー語2件(合計27件)

このように、山口県の実情をみても、通訳人の確保に苦慮する刑事事件が相当件数あることが伺える。

 

第2 通訳人の数を確保するための措置

1 十分な数の通訳人を国が確保する必要性

しかるに、通訳人候補者の数は少なく、年々減少している。たとえば、裁判所の通訳人名簿に登載されている法廷通訳人は、2012年(平成24年)4月1日現在、全国で4067人(62言語)であったが、2018年(平成30年)4月1日現在、全国で3788人(62言語)となった(6年間で279人の減少)。
通訳人が減少する理由については、通訳人の依頼が不定期であること、仕事の量と責任の重さに比べて通訳料が安いことなどが指摘されている。今後、通訳人候補者が不足すれば、1人当たりの通訳業務が過剰となり、さらに通訳人候補者が減少して、要通訳事件の開廷が困難となるおそれがある。
また、被疑者段階では、身柄の拘束期間が制限されていることもあって、迅速に通訳人を確保する必要性が高い。現在、多くの検察庁及び警察は、独自に通訳人名簿を作成し、要通訳事件ごとに個別に打診しているが(一部の警察では、特定の言語について通訳職員を警察署に配属している。)、法廷通訳人候補者が減少している状況を踏まえれば、検察庁及び警察の通訳人名簿に登載されている通訳人候補者も減少していることが懸念される。
よって、中国地方弁護士会連合会は、国に対し、十分な数の通訳人を確保することを求める。

 

2 通訳人名簿の共有化と通訳人の融通の必要性

各弁護士会も、独自の通訳人名簿を作成し、通訳人の確保に努めている。しかし、特に被疑者段階では、短期間で複数回の接見等を行う必要があるうえ、弁護人と通訳人との間で接見の日時を調整しなければならないため、弁護人が通訳人の確保に苦慮することも多い。
これに加え、対象言語が少数言語である場合、検察庁及び警察が先に通訳人を囲い込んでしまった場合、接見予定日が土日祝日となる場合(しかも大型連休となる場合)、その他通訳人の確保を困難とする場合があれば、ますます弁護人の苦慮が深まる。
したがって、喫緊の課題として、まず被疑者段階にフォーカスして、弁護人が迅速に通訳人を確保できる態勢を整えるべきである。そのためには、通訳人候補者が少ない現状を踏まえ、前項の措置が執られるまでの間、裁判所、検察庁、警察及び弁護士会で通訳人候補者を登載した通訳人名簿を共有化し、通訳人を相互に融通し合うことが必要である。
たしかに、通訳人名簿を共有化し、同一の通訳人が同一の事件で裁判所、検察官、警察及び弁護人の通訳を兼任することは、通訳人の守秘義務及び利益相反の観点から、必ずしも望ましくない面もある。しかし、通訳人の数が不足している現状では、何よりも通訳人の確保が優先されるべきだから、少なくとも当該弁護人が希望する限り、裁判所、検察官及び警察が利用した通訳人を弁護人にも利用させる機会を与えるべきである。
実際、裁判所は、勾留質問を行うに当たり、自前の通訳人名簿から通訳人を選任できない場合、検察庁又は警察から通訳人を紹介してもらっている。そうであるならば、弁護人にも検察庁又は警察から通訳人を紹介してもらう機会が与えられるべきである。
よって、当連合会は、国に対し、起訴前の刑事手続において弁護人が迅速に通訳人を確保できるようにするため、裁判所、検察庁、警察及び弁護士会との間で通訳人名簿を共有化し、通訳人を相互に融通し合うことを求める。

 

第3 通訳人の質を確保するための措置

1 通訳人の質の確保の必要性

適正な通訳を実現するには、通訳人の数を確保するだけでなく、通訳人の質を確保することも必要である。
誤訳の回避は当然として、通訳人の質を確保して適正な通訳を実現しなければ、刑事事件における適正手続(デュープロセス)が根幹から否定される。

 

2 適正な報酬システムの構築

通訳人の質を確保するには、まず、裁判所、検察庁、警察及び日本司法支援センター(法テラス)において、通訳人が適正かつ明確な基準に基づき報酬を得られるシステムを構築する必要がある。
通訳人の報酬は、現在、その能力及び業務内容と比較して、必ずしも適正な金額とは言いがたい。これでは、通訳人の生活が保障されず、プロ意識も芽生えず、刑事手続における通訳スキルをアップさせようというインセンティブも働かない。
よって、当連合会は、国及び日本司法支援センターに対し、通訳人の質を確保するため、通訳人が適正かつ明確な基準に基づき報酬を得られるシステムを構築することを求める。

 

3 検定・研修制度の導入

誤訳を防ぎ適正な通訳を実現するには、言語スキルだけでなく、刑事手続に関する知識も必要であるが、現在は通訳人に法令上の資格はなく、検定試験など通訳人の能力を客観的に評価するシステムも導入されていないので、通訳人の質を確保するため、検定試験など通訳人としての能力を客観的に評価するシステムを導入すべきである。
また、社会の変化によって新たな言葉が生まれ又は刑事手続が改正されれば、通訳人もそれに対応することが求められるから、通訳人名簿に登載された後も定期的に研修などを受講させるシステムを導入し、通訳人候補者の言語スキル及び刑事手続に関する知識をアップ・デートさせるべきである。
よって、当連合会は、通訳人の質を確保するため、国に対し、通訳人候補者を通訳人名簿に登載する前に検定試験など通訳人としての能力を客観的に評価するシステムを導入し、また、通訳人名簿に登載された後も定期的に研修などを受講させるシステムを導入することを求める。

 

4 第三者機関として通訳人センター(仮称)を設置することの検討

通訳人の数及び質を確保する措置は、現在、裁判所、検察庁、警察及び弁護士会がそれぞれ独自に行っているが、通訳人の専門性・中立性・独立性を考慮すれば、将来、第三者機関として通訳人センター(仮称)を設置し、同センターに通訳人の確保、紹介、検定、研修、報酬の支払いその他の業務を一元化し、もって通訳人の数及び質を確保する措置を執らせるのが望ましい。
また、通訳人の報酬その他の条件が低いのは、通訳人が団結して裁判所、検察庁、警察、弁護士会及び日本司法支援センターと交渉していないからである。しかし、同センターに通訳人の利益代表者としての機能を持たせ、同センターが通訳人の報酬その他の条件を交渉できるようにすれば、自ずと通訳人の地位も向上し、ひいてはその数及び質も向上する。
よって、当連合会は、通訳人の数及び質を確保するため、国に対し、新たに第三者機関として通訳人センター(仮称)を設置し、通訳人の確保、紹介、検定、研修、報酬の支払いその他の業務を一元化し、通訳人の利益代表者としての機能も持たせ、同センターが通訳人の報酬その他の条件を交渉できるようにすることを検討するよう求める。

 

第5 まとめ

来日外国人の増加及び国籍の多様化により、今後は総在留外国人(来日外国人を含む全ての外国人。)による刑事事件の増加及び国籍の多様化が予想される。しかし、通訳人候補者の数は年々減少している。よって、国は十分な数の通訳人を確保する措置を執る必要がある。
通訳人の確保については、もとより弁護士会も独自の取り組みをしている。しかし、被疑者段階では通訳人の確保が困難であり、特に少数言語については更に通訳人の確保が困難となる。そこで、当面の対策として、裁判所、検察庁、警察及び弁護士会で通訳人候補者を登載した通訳人名簿を共有化し、通訳人を相互に融通し合うことが必要である。
また、通訳人の質を確保する措置も必要である。そのためには、まず適正な報酬システムを構築し、通訳人の待遇を改善する必要がある。また、通訳人名簿に登載するときは、検定・研修制度によって通訳人候補者の能力を客観的に評価すべきであり、また、通訳人名簿に登載した後も、定期的に研修などを受講させて、通訳人候補者の能力をアップ・デートさせる必要がある。
そして、将来的には、第三者機関として通訳人センター(仮称)を設置し、同センターに通訳人の確保、紹介、検定、研修、報酬の支払いその他の業務を一元化し、もって通訳人の数及び質を確保する措置を執らせるのが望ましい。

以上の理由から、本決議を提案するものである。

以上