中弁連の意見

中国地方弁護士会連合会は、中国地方の全ての県及び市町村に対し、犯罪被害者等支援に特化した条例を制定すること、必要な改正を行うこと及び実効的に運用することを求める。

 

2022(令和4)年10月7日

中国地方弁護士大会

提 案 理 由

 

1 犯罪被害者等基本法の理念

(1)犯罪により、その被害者は、生命・身体・財産等の基本的人権を侵害される。それだけではなく、被害にあった人として世間の好奇の目に晒されたり、被害を受けて苦しんでいることについて職場や学校などの身近な人たちからの理解すら得られなかったり、さらには、捜査や裁判などの刑事手続の場において事件当事者としての尊厳に配慮した扱いを受けられないなどの二次被害を受けることがある。また、被害者本人だけでなく、被害者の家族や被害者死亡事案における遺族も二次被害に苦しめられることがある(以下被害者と被害者の家族や遺族を合わせて「犯罪被害者等」という。)。

 被害後の権利回復については、もちろん、加害者が第一次的な法的責任を負う。しかし、現実には、加害者の資力不足等により、経済的回復すらも得られないことは非常に多い。また、二次被害は、犯罪被害者等の周囲の一般市民や捜査機関等から受けるものであるため、犯罪被害者等にとっては、理不尽だと声をあげることすらできないことが問題である。

(2)そのため、国民の基本的人権を擁護する責任を負っている国や地方公共団体は、犯罪の発生そのものを防止するだけでなく、犯罪被害者等が理不尽にも過酷な状況に置かれることのないよう、二次被害を防止し、犯罪被害者等の権利回復を支援する法的責務も負っているというべきである。

 このような考え方が社会に広まった結果、2004年(平成16年)に犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)が制定され、「すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」があると明記された(基本法第3条第1項)。また、犯罪被害者等のための施策を策定し、実施する責務は、国のみならず地方公共団体にもあると定められている(基本法第4条及び第5条)。

(3)さらに、基本法に基づき、2021年(令和3年)3月に策定された国の第4次犯罪被害者等基本計画においても、「地方公共団体における総合的かつ計画的な犯罪被害者等支援の促進」として、「警察において、地方公共団体における犯罪被害者等の視点に立った総合的かつ計画的な犯罪被害者等支援に資するよう、犯罪被害者等支援を目的とした条例等の犯罪被害者等支援のための実効的な事項を盛り込んだ条例の制定又は計画・指針の策定状況について適切に情報提供を行うとともに、地方公共団体における条例の制定等に向けた検討、条例の施行状況の検証及び評価等に資する協力を行う。」と記載されている。

 

2 犯罪被害者等の支援を目的とした条例の制定状況と問題点

(1)以上のように、地方公共団体には犯罪被害者等支援のための重要な役割が期待されるところであるが、2021年(令和3年)4月1日現在、全国の地方公共団体(47都道府県、20政令指定都市、1,721市区町村)のうち、32 都道府県(68.1%)、8政令指定都市(40.0%)、384市区町村(22.3%)において、犯罪被害者等支援を目的とした条例が制定されているにとどまる(「条例の小窓」2021年(令和3年)8月、警察庁長官官房犯罪被害者等施策担当参事官室)。都道府県に比べて市区町村における条例制定の取り組みの遅れが目立っている。

(2)中国地方の地方公共団体の現状は、以下のとおりである。

 広島県においては、広島県及び広島市が2022年(令和4年)に犯罪被害者等支援条例を制定しているほか、広島市を除く22市町のうち8つの市町で犯罪被害者等支援条例が制定されている。

 山口県においては、県が2021年(令和3年)に犯罪被害者等支援条例を制定しているほか、全19市町のうち8つの市町が犯罪被害者等支援条例を制定している。

 岡山県においては、2011年(平成23年)から2012年(平成24年)頃にかけて、県と全ての市町村が犯罪被害者等の支援を目的とした条例を制定している。しかし、安全の確保、住居・雇用の安定、給付金の支給等基本法に明記されている基本的施策が定められていない等、施策の充実化が不十分な自治体がある。

 鳥取県においては、19市町村のうち8つの町で犯罪被害者等支援条例が制定されているものの、県は未制定である。

 島根県においては、県及び全ての市町村において、犯罪被害者等支援条例が制定されていない。

 なお、犯罪被害者等支援条例を制定していない地方公共団体の中には、安全で安心なまちづくりの推進に関する条例(犯罪の防止施策の推進等を主な目的とする条例)に、犯罪被害者等支援に関する条文を設けているところもある。

(3)このように、中国地方の地方公共団体における犯罪被害者等支援条例の制定への取り組み状況には少なからぬ地域差があり、このことは犯罪被害者等支援施策の内容に地域差が生ずる原因となりうる。また、制定された条例の形態(専ら犯罪被害者等支援に関する事項について定めた条例か、犯罪の防止施策の推進等を主な目的とする条例か)にも違いがあり、条例で規定される事項の範囲や内容に差があるなどの問題がある。

 

3 地方公共団体における犯罪被害者等支援条例のあり方

(1)特化条例の必要性

 前記のとおり、犯罪被害者等の個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障されることは、犯罪被害者等の有する「権利」である(基本法第3条第1項)。

 地方公共団体が犯罪被害者等に対する責務を果たすには、条例において、支援を受けることは犯罪被害者等の「権利」である旨を宣言するとともに、実効的な保障内容を条文に明記する必要がある。なぜなら、自治立法である条例は、行政施策が体系的かつ永続的に行われるための最も確固とした根拠となるものだからである。

 そして、条例の形態については、専ら犯罪被害者等の支援に関する事項について定めた条例(犯罪被害者等支援に特化した条例。以下「特化条例」という。)が望ましい。これに対し、安全で安心なまちづくりの推進に関する条例等の一部に犯罪被害者等施策の条項を設ける方式は、そもそも目的の異なる犯罪の防止と犯罪被害者等支援を同一条例中に規定することになるため、ややもすると犯罪被害者等支援が従たる位置づけに追いやられ、規定内容が不十分になるおそれがある。

 したがって、各地方公共団体において、犯罪被害者等支援に関する法的根拠及び施策体系を明確化し、支援の継続性、永続性を担保するためには、特化条例の制定こそが必要である。

(2)犯罪被害者等のためだけの施策ではないこと

 犯罪被害者等支援は、過去に犯罪被害にあった人のためだけの施策ではない。明日被害にあうかもしれない、全ての市民のための施策である。必要とされる支援施策には、二次被害の防止など、行政だけではなく、全ての市民が取り組まなければならない課題も含まれている。そのため、基本法の理念に則り、犯罪被害者等支援に特化した条例を制定することで、犯罪被害者等支援に対する市民の意識を変えていく必要がある。

(3)市町村条例の役割

 基本法においては、「犯罪被害者等のための施策は、被害の状況及び原因、犯罪被害者等が置かれている状況その他の事情に応じて適切に講ぜられる」こと(基本法第3条第2項)、「犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられる」こと(基本法第3条第3項)が明記されている。

 具体的には、偏見の防止、安全の保障、住居の確保などの二次被害・再被害の防止に関する支援、家事・育児・介護などの日常生活の維持に関する支援、被害回復に向けた弁護士や公認心理士等による相談・情報提供に関する支援、支援金支給等の経済的支援など、多岐にわたり、かつ、きめ細かな支援が、被害直後から必要になる。

 国と地方公共団体との役割分担に関し、地方自治法は、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本とする旨を定めている(同法第1条の2第2項)。そして、犯罪被害者等支援は、犯罪被害者等に寄り添う形で、途切れることなく実施される必要があるから、特に住民に身近な行政施策であるといえる。これらのことからすると、具体的な犯罪被害者等支援は、基礎的な地方公共団体(同法第2条第3項)である市町村が中心となって担うことが望まれる。

 そして何よりも、同じ犯罪被害を受けた方々に対する支援の有無や内容が、住む地域によって左右される状況は速やかに解消されるべきである。

 よって、全ての市町村において、特化条例が制定されることが必要である。

(4)県条例の役割

 犯罪被害者等支援を途切れなく行うためには、市町村だけでなく、県の役割も重要である。この点、地方自治法は、「都道府県は、市町村を包括する広域の地方公共団体として、第2項の事務で、広域にわたるもの、市町村に関する連絡調整に関するもの及びその規模又は性質において一般の市町村が処理することが適当でないと認められるものを処理するものとする。」(同法第2条第5項)と定めている。このことを踏まえると、たとえば、犯罪被害者等の居住地等が複数の市町村にまたがる大規模犯罪や被害後に転居が必要になった場合への対応のために広域的な支援体制を整備することや、県全体を活動拠点とする民間支援団体への支援や警察との連携などは、県が対応する方が、より実効的な制度運用ができる。また、県が市町村への支援や市町村の支援策への上乗せを行うことにより、より公平かつ手厚い支援を実現することができる。県がこのような役割を十分に果たすためには、県においても特化条例を制定する必要がある。

(5)まとめ

 以上の理由から、まずは、中国地方の全ての県と市町村において、犯罪被害者等支援に特化し、犯罪被害者等の「権利」を明記した条例を制定すべきである。

 

4 実効的な条例の運用のためのアップデート(定期的な施策の見直し及び条例改正)の必要性

 犯罪被害者等支援は、現実の犯罪被害者等の声を元に作り上げられてきた分野であるが、全国的にも、未だ道半ばといえる状況にある。近年においても、たとえば、性犯罪においては、長期にわたるPTSD治療や生活全般への支援が必要となる深刻な被害が生じることが認知されてきたことや、死傷者多数の放火事件の発生により、一つの事件であっても、犯罪被害者等の置かれる状況や求める支援内容は人によって様々であることが分かってきたことから、既存の支援制度では、質的にも量的にも犯罪被害者等のニーズを十分に充たすことが出来ていないのではないかと指摘されている。

 そのため、すでに犯罪被害者等支援に特化した条例を制定し、一定の施策を定めている自治体においても、新たに認知された問題に対応するために、定期的に条例に基づく施策を見直し、施策の充実化を図っていくことが必要である。さらに、施策だけではなく、その根拠となる条例を見直し、充実する必要があるかどうかについても検討すべきである。

 前述のとおり、犯罪被害者等支援は、過去に犯罪被害にあった人のためだけの施策ではない。明日被害にあうかもしれない、全ての市民のための施策である。他の都道府県で発生した事件を他人事として捉えるのではなく、そこから得られた知見や、全国的に先進的とされる取組を研究し、万が一の被害が起きたときにも、全ての市民が安心して暮らせるセーフティーネットとしての犯罪被害者等支援体制を構築しなければ、実効的な条例運用がなされているとは言い難い。

 

5 条例制定、改正及び条例の実効的運用には犯罪被害者等の意見を取り入れるべきこと

 支援を受けることは犯罪被害者等の「権利」であるから、条例の制定、改正及び制定した条例に基づく施策を定めるにあたっては、犯罪被害者等の意見を聞き、その意見を取り入れることが最も重要である。一方で、犯罪被害者等の中には、自身の辛い体験を語ることに対して困難を感じる方もいる。そのため、犯罪被害者等支援に直接携わっている現場の支援員の意見を取り入れることで、声を上げたくても上げることのできない犯罪被害者等の権利を擁護すべきである。

 すなわち、犯罪被害者等及び犯罪被害者等に日々接している現場の支援員の声を反映させる仕組みを取り入れてこそ、特化条例というにふさわしい条例であり、条例を実効的に運用できているといえる。

 

6 結語

 以上より、決議の趣旨のとおり、中国地方の全ての県及び市町村に対し、犯罪被害者等支援に特化し、犯罪被害者等の「権利」を明記した条例を制定することを求めるとともに、条例制定後も定期的に条例やそれに基づく施策を見直すこと等により、条例を実効的に運用することを求める。

 

以上