中弁連の意見

 当連合会は、中国地方の各地方公共団体に対し、憲法や子どもの権利条約で保障されている子どもの権利を再確認したうえで、子どもに影響を及ぼす施策に関し子どもの意見が反映される制度、子どもの権利確保のための行動計画の策定と権利の保障状況を検証する制度及び子どもの権利が侵害された場合の相談・救済制度を内容として盛り込んだ子どもの権利条例を制定するよう求めるとともに、子どもの権利確保のために全力を尽くすことを宣言する。

 

2007年(平成19年)10月12日

中国地方弁護士大会

提案理由

1 子どもの権利条約批准後の現状

 我が国は、1994年(平成6年)4月22日、子どもの権利条約(以下「条約」という)を批准した。条約は、子どもにも「人類社会の構成員として固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めること」(条約前文)をその理念に掲げており、批准国は、条約において認められる権利の実現のため、「すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる」こととされている(条約第4条第1文)。

 当連合会は、前同年10月7日に開催された第48回中国地方弁護士大会において、「国・地方公共団体に対し、条約第4条に基づく積極的な法整備と行動計画の策定を要請する」とともに、「条約第42条に従い、適切かつ積極的な方法で、本条約を子どもを含む全ての国民に広く知らせ、その理念を啓蒙することを求める」こと等を内容とする決議を行った。

 しかし、その後、必ずしも国政レベルにおいて条約の理念に基づく立法・行政措置が積極的になされているとはいえない。このことは、国連子どもの権利に関する委員会の「第1回政府報告書審査に基づく最終見解」(1998年6月)および「第2回政府報告書審査に基づく最終見解」(2004年2月)においても指摘されているところである。特に、上記第2回最終見解は、第1回の最終見解で勧告したにもかかわらずそれが実現されていないとして、「特に、差別の禁止、学校制度の過度に競争的な性格、そしていじめを含む学校での暴力に関する勧告については、十分なフォローアップが行われなかった。委員会は、本文書において、これらの懸念及び勧告が繰り返されていることについて留意する」と指摘している。

 ところで、中国地方における子どもの権利保障の現状はどうであろうか。条約批准後も当連合会の各単位会に対して子どもの人権救済の申立てが多数あり、調査の結果、子どもの権利侵害の事実が認められ、勧告、警告に至った事例もある。以下、代表的な数例を記載する。

(1)2002年(平成14年)3月14日 高等学校校長に対する勧告事例(島根)
 島根県内のある高等学校において、ある生徒が問題行動を理由として退学処分とされるにあたり、処分をするための事実調査として1時間から2時間の事情聴取がなされたのみで、懲罰委員会、職員会議とも2分間程度の短時間しかなされない等、極めて拙速、安易かつ教育的配慮を欠いた手続しかなされなかった。
 島根県弁護士会は、当該高等学校校長に対し、退学処分は子どもから教育の機会を奪うという重大な不利益を伴うものであることから限定的になされるべきであること、反省の機会、更生の機会を少なくとも1度は与えるべきであることなどから、生徒が復学できるような措置を講ずるよう勧告した。

(2)2002年(平成14年)5月21日 小学校校長に対する勧告事例(広島)
 ある児童が小学校在学中に、同学年の児童より度重なるいじめを受け、その結果、長期間にわたって通学することができない状況に陥ったが、当該児童が不登校に陥った一因が、学校側がいじめを受けている児童への十分な配慮を怠り、かつ、加害児童及びその保護者に対する適切な教育的措置を怠ったことにあることが判明した。
 広島弁護士会は、当該小学校校長に対し、本件いじめに対する対応について、今一度検証し、今後二度と同様な苦しみを在学児童に与えることのないよう、いじめの防止についてこれまで以上に適切かつ十分な措置を講ずるよう勧告した。

(3)2003年(平成15年)5月13日 養護学校校長に対する要望事例(岡山)
 医療事故の後遺症により知能及び肢体不自由の障害を負い、入院していたため就学猶予を得ていた児童が、養護学校小学部への入学手続をとったところ、小学部1年生に編入されるべきであったのに5年生に編入させられたため、本来の9年間の義務教育を受けることができないことになった。
 岡山弁護士会は、当該養護学校校長に対し、このような扱いは、当該児童の教育を受ける権利を侵害する違法なものであるとして、小学部・中学部を通じて9年間の義務教育に相当する期間の就学が保障されるよう適切な措置を講ずるよう要望した。

(4)2005年(平成17年)8月5日 小学校教諭等への警告事例(鳥取)
 ある小学校教諭が約7年間にわたって時間内に給食を食べ終わらない児童に対して、食器を取り上げ、残した食べ物をハンカチやティッシュペーパーに移して食べさせ、場合によっては手の平に移させて食べさせたり、さらには「犬食い」をさせるなどし、また、ことあるごとに暴力的な言動をしていた。
 鳥取県弁護士会は、当該教諭に対し、上記のような給食指導や言動は児童の人間としての尊厳を損なうものであり、かつ、人間的な食生活を学ぶ教育を受ける権利を侵害するものであるとして、二度とこのような行為を行わないよう警告するとともに、当該小学校校長に対しても再発防止に万全を期するよう警告した。

 

2 子どもの権利条例制定の必要性

 弁護士会の人権救済手続は一般に広く周知されているとは言えないため、上記のような事例は氷山の一角にすぎない。これらの事例をまつまでもなく、いじめによる自殺、虐待、子どもが被害者となった犯罪等が多数報道されている現状をみると、条約批准後も、未だに子どもの権利が十分に確保されているとは到底言い難い。

 このような現状において、子どもの権利確保のための取り組みが国政レベルで強化されるべきことは当然であるが、これに加え、最も子どもと身近に接している地方公共団体こそがむしろ主体的に子どもの権利を確保する取り組みを行っていくべきである。

 このような問題意識から、川崎市をはじめとして各地の地方公共団体においても、子どもの権利条例を制定して、条約の理念を実践する動きが広がっている。また、既に子どもの権利条例を制定した地方公共団体においては、条例の制定過程及び制定後の条例実施の過程を通じて、子どもの意見を聞きつつ、保護者をも参加させる形で、保護者、学校、地方公共団体が子どもの権利の確保のためにいかなる責任を果たすべきかが検討されている。その結果、条約の理念が地域に浸透し、定着しつつあるという成果が現れている。

 しかし、残念ながら中国地方においては、現時点において子どもの権利条例を制定した地方公共団体は存在しない。

 

3 子どもの権利条例に必要とされる内容

 地方公共団体において制定される子どもの権利条例には、特に重要な要素として、以下のような内容を盛り込む必要がある。

(1)子どもの意見が反映される制度
 まず、条約は、子ども自身を自らその権利を行使し得る権利の主体として位置づけ、その「最善の利益」が第一次的に考慮される必要があると規定しており(条約第3条第1項)、さらに子どもの意見表明権を尊重している(条約第12条)。こうした理念は、少年非行の予防のための国連ガイドライン(以下「リヤド・ガイドライン」という)においても貫かれている。
 こうした理念からすれば、子どもの権利条例の制定にあたっては、その制定過程において子どもの意見に耳を傾けながら、権利保障条項については子どもにも理解できるような文章で明文化する必要がある。また、子どもの権利条例の実施及び改正その他の子どもに影響を与える事項について、当事者である子どもに意見を表明する機会を保障する制度(例えば、子ども会議の設置など)を定めなければならない。
 「川崎市子どもの権利に関する条例」(以下「川崎市条例」という)は、第30条1項で「市長は、市政について、子どもの意見を求めるため、川崎市子ども会議(以下「子ども会議」という。)を開催する」と定め、同条3項で「子ども会議は、その主体である子どもが定める方法により、子どもの総意としての意見等をまとめ、市長に提出することができる」と規定している。
 また、「多治見市子どもの権利に関する条例」(以下「多治見市条例」という)や「魚津市子どもの権利条例」(以下「魚津市条例」という)においても、同様の子ども会議が設置され、当該会議の意見を尊重する旨定められている(多治見市条例第11条、魚津市条例第17条)。

(2)子どもの権利確保のための行動計画の策定と権利の保障状況を検証する制度
 条約は、子どもの権利を個別に定めるとともに、批准国に対して、「すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる」ことを義務付けており(条約第4条第1文)、具体的には、地方公共団体は、子どもの権利確保のための施策を実施するための行動計画を策定する必要がある。また、かかる施策を実効化するために、子どもの権利の保障状況を検証するための第三者性を有する機関を設置しなければならない。
 川崎市条例は、第36条で「市は、子どもに関する施策の推進に際し子どもの権利の保障が総合的かつ計画的に図られるための川崎市子どもの権利に関する行動計画(以下「行動計画」という。)を策定するものとする」と定め、第37条で「市の子どもに関する施策は、子どもの権利の保障に資するため、次に掲げる事項に配慮し、推進しなければならない。(1)子どもの最善の利益に基づくものであること。(2)教育、福祉、医療等との連携及び調整が図られた総合的かつ計画的なものであること。(3)親等、施設関係者その他市民との連携を通して一人一人の子どもを支援するものであること」と規定して、行動計画の策定義務を明文化している。
 また、同条例は、第7章で「子どもの権利の保障状況の検証」として独立の章を設け、市長その他の執行機関の諮問に応じて、子どもに関する施策における子どもの権利の保障の状況について調査、審議して、検証するための制度として、学識経験者や市民からなる「川崎市子どもの権利委員会」の設置を定めている(同条例第38条乃至第40条)。

 同様の機関として、多治見市条例は「多治見市子どもの権利委員会」(同条例第20条)の設置を、魚津市条例は「魚津市子どもの権利委員会」(同条例第19条)の設置を定めている。

(3)子どもの権利が侵害された場合の相談・救済制度
 いじめ、虐待、犯罪など子どもに対する暴力等で子どもの権利が侵害された場合には、子どもが日々成長している存在であることに鑑み、迅速な人権救済を可能とする機関を設置する必要がある。
 そして、リヤド・ガイドラインは、第57原則において、子どもの権利の保護のため、オンブズマンのような独立機関の設置の必要性を規定している。子どもの人権侵害が少なからず学校現場等において生じ、人権侵害の主体が地方公共団体と関連性を有することが多いことからしても、前記の救済機関は、相談しやすく、地方公共団体からの独立性を有し公正な立場で判断を行う機関でなければならない。
 川崎市条例は、第5章で「相談及び救済」の章を設け、第35条1項で「子どもは、川崎市人権オンブズパーソンに対し、権利の侵害について相談し、又は権利の侵害からの救済を求めることができる」と定め、同条2項で「市は、川崎市人権オンブズパーソンによるもののほか、子どもの権利の侵害に関する相談又は救済については、関係機関、関係団体等との連携を図るとともに子ども及びその権利の侵害の特性に配慮した対応に努めるものとする」と規定している。
 多治見市条例も、第5章で「子どもの権利侵害からの救済と回復」の章を設け、「多治見市子どもの権利擁護委員」の制度を定めて、子どもの権利侵害に対する「速やかで適切な救済を図」ろうとしている(同条例第13条1項)。
 さらに、特筆すべき条例として、「川西市子どもの人権オンブズパーソン条例」があり、同条例では子どもの権利侵害の救済に特化したオンブズパーソンという機関の設置を定めている(同条例第4条)。そして、弁護士等がオンブズパーソンの構成員となって、子どもの権利侵害に関する相談を行い、救済を図っている。

 

4 結語

 以上に述べてきたことから、当連合会は、中国地方の各地方公共団体に対し、憲法や条約で保障されている子どもの権利を確保するため、上記の内容を盛り込んだ子どもの権利条例を制定するよう求めるとともに、子どもの権利確保のために全力を尽くすことを宣言する。

以上